信行寺の歴史

現在の様子

信行寺と名付けたのは昭和3年と記録が残っています。現在まで戦争や地震の影響で2度も本堂を消失するという災禍にあいました。しかし、その度、多くの門信徒さんの協力により今日まで仏法を伝えてまいりました。山号は「護法山」です。「大無量寿経」のことば「厳護法城 開闡法門」(念仏を伝える法の城を護りぬき、仏法の教えを広める)に由来します。信行寺の役目はそこにあります。

信行寺概要

不明 初代 慶聞住職(鳥取県出身)、布教使の付き人をしていたが、神戸に来て長屋で法話を始める。
昭和3年 開基の年、寺の名を「信行寺」と公称する。
不明 2代目 教浄住職(香川県出身)を継承する。
昭和27年 現在の戎町に信行寺を建立する。(以前は大田町交差点の南にあったが、戦争の空襲で焼失した。)
昭和55年 3代目 睦雄住職(広島県出身)を継承する。
昭和63年 開基60周年慶讃法要
平成7年 阪神大震災にて全焼(1月17日)
平成12年 本堂落慶慶讃法要(11月21日)
平成21年 震災復興10周年記念・親鸞聖人750回大遠忌法要
令和3年 4代目 恵悟住職継職奉告法要